一年で一番長い日 9、10「知ってる? これ、見覚えある?」俺はちょっと勢い込んでしまった。そんな俺を気にすることなく、酒井田は頷いた。 「高山がいつもつけてた。右耳。変わったピアスだし、高山みたいなタイプがするにはなんか似合わないっつーか。それでよけいに覚えてる」 俺の掌の上にある銀のマンボウを、酒井田は爪の先で軽く弾いた。 「右耳、ってことは、ピアスはひとつだけか。左耳には何もつけてなかったのかな?」 「そうだなぁ。ピアスホールも左にはなかったかも」 「いつもこれだった? 他のピアスはしたことなかった?」 俺の問いに、酒井田は首を傾げた。 「うーん、一回生からのつき合いだけど、それ以外をつけてるの、見たことない。シャレでマンボウなのかよと思ってさ、聞いてみたことあるんだけど、なんか笑ってごまかされた」 「何か理由があるのかな?」」 「さあ。高山の歴代のカノジョたちの中には、もっと高山に似合うようなピアス、プレゼントした娘もいたみたいなんだけど、つけてくれなかったって」 酒井田は器用に肩をすくめてみせた。 「クロムハーツのスタッドとか。こんなのより全然似合うのに」 「そうだよなぁ。これって女の子向きみたいだよね」 同意しつつ、自分で言った「女の子向き」の言葉に、死んでいたあの女を思い出して背中がイヤな具合に寒くなった。 酒井田は尻ポケットからケータイを出して時間を見た。 「悪い。そろそろゼミ始まるから俺行くわ。俺も他のやつらに高山のこと聞いてみるから」 「あ、引き止めちゃって、ゴメンね。もし何か分かったらここに連絡してくれる?」 俺は知り合いがパソコンで作ってくれた仕事用の名刺を渡した。 「わかった。それじゃ! って、あれっ・・・」 手を振りかけて、酒井田はいきなり俺の手首を握り、掌のマンボウ・ピアスを凝視した。 「これ、付いてる石が赤い。高山がつけてたのって確か青い石のやつだったような・・・、あ、小平!」 酒井田はこちらに向かって歩いてくる背のひょろっと高い学生に声を掛け、俺に向かって忙しく言った。 「あいつさっき言ってた小平。あいつにも聞いてみて。小平! この人、高山探してるんだって。話聞いてあげてよ!」 小平に俺を紹介してくれてから、酒井田はダッシュして行った。うん。なかなか親切な青年だ。 「酒井田、次ゼミだろ? 間に合うかな、こっから教室遠いんだけど」 俺の隣に立って、小平は友人の背中を見送った。のんびりした話し方が、神経質そうな印象を緩和している。 「そんなに遠いの? 引き止めちゃって悪いことしたな。えっと、小平君?」 「そうだけど? 何、高山探してるって?」 俺は頷いた。 「高山葵君のお父さんに頼まれて、彼を探してます。ひと月ほど家に帰ってこないそうなんだけど、小平君は一番最近葵君に会ったのはいつ頃か、覚えてる?」 小平は意外に長い睫毛をまたたかせた。近くで話すと、顔を上げなければならないくらい背が高い。なんだか、昔ののかと行った動物園のキリンに似ている。 「もう四回生だし学部も違うから、意識しないと学内でも会わないんだけど・・・、そういえば今月に入ってから顔を見ないな」 考え込むように小平は言う。 「部活はどうなの? 小平君が葵君を軽音楽部に誘ったって、酒井田君が言ってたけど」 「シュウカツが忙しくなってから、部にはあんまり顔を出してないんだ。俺らのバンドは三回後半からほとんど休止中。高山は元々助っ人だから、呼ばないと来ないし」 「そっか。新卒の採用は上向いてきたっていうけどやっぱり大変なんだね。ところで、これに見覚えある?」 俺は小平にもマンボウ・ピアスを見せた。小平はゆっくり頷いた。 「見覚えはある。高山がしてたのと同じ形だ。でも、その石の色は違う。高山のは水色だった」 「酒井田君もそう言ってたよ・・・」 背中に嫌な汗が流れる。今は俺のねぐらのカラーボードの上に置いてある、あのマンボウ・ピアス。あれには確かに水色の石がついていた。 関係があるのか? まさか。どんな接点だよ? 内心でガマの油のように汗をたらしていると、ぽつりと呟くように小平が言った。 「オーシャン・サンフィッシュ」 「オーシャン・サンフィッシュ?」 俺の頓狂な声に、小平は首を傾げる。そんな仕種も何かキリンのようだ。 「マンボウの英語名だよ。マンボウって海に寝そべるように、すごく気持ちよさそうに浮いてるらしいけど、それをサンフィッシュって言ったんだろうね」 「大海原の太陽魚か・・・」 俺は掌のマンボウ・ピアスを見つめる。そんな大層なヤツとは知らなかった。俺にとっては単なる疫病神って気がする。 見知らぬ部屋、見知らぬ女の死体。俺はなんでそんなところで寝てたんだろう。前の晩、何があったんだろう。そして、俺のポケットに入っていたマンボウ・ピアスの意味は? おそろいだが石色違いのふたつのマンボウ。あの女の死体は、高山葵の件と関係があるのか? 背中がぞくぞく、ぞくぞくする。いいや、偶然だ。あの時、知らぬ間にポケットに入っていたマンボウと、高山から預かっているこれは、何の関係もない。ないったらないんだ! 俺は気を取り直して小平にたずねた。 「えっと、君は葵君の行き先に心当たりはないかな?」 「さあ。酒井田にも聞いたんだよな。あいつが知らないなら、俺にも見当はつかない」 小平は考え考えゆっくりと言う。 「酒井田君も心配してるって言ってた。うーん、何かトラブルにでも巻き込まれたのかな? 誰かに恨まれたりとか」 「トラブルっていっても・・・特に思いつかない」 「葵君、けっこうモテるんだよね?」 「ああ、女関係のトラブル?」 小平はちょっと笑った。 「確かに高山にはしょっちゅう女が寄ってきてたよ。来る者拒まずって感じだし。でも、カレシのいる子は相手にしなかったし、二股はしないし、振られるのはいつも高山のほうだし。あれでトラブルっていってもな」 「酒井田君が言ってたけど、淡白で執着心がないって」 「ああ、そうかもね。来る者拒まず去る者追わずってことは、相手に関心がないってことだよな」 「女の子って、わりにそういうとこ敏感だよね」 俺はなんとなく乾いた笑いを漏らしてしまった。俺がサッカー中継に夢中になってたりしたら、元妻の機嫌が悪かったっけ。 「コンパなんかはどうだった? 一緒に飲みにいったりとかは?」 「高山はつき合い良いから、そこそこ顔出してた。バンドの飲みも、誘えば来たし。俺とか酒井田とか、何人かわりと親しいのもいるけど、他は特別誰とも仲良くも悪くもない。そんな感じ」 「よく行く店とか決まってるの?」 「だいたいは。幹事の好みで変わるけど」 「一応店の名前、いくつか教えてよ」 小平は五つくらいの店名を挙げてくれたが、ふと考え込むように黙った。 「どうかした?」 「うん・・・。バンドの飲みでさ、何軒かハシゴして、俺相当酔っぱらってたんだけど・・・」 ふとトイレに立った時、小平は見たという。 高山葵と、彼そっくりの人間が話しているを。 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|